2008年10月14日火曜日

This coin also has two sides.

本邦証券業界最大手の野村証券が破綻したリーマンブラザーズ証券のアジア、中東、欧州部門を買収し、最大手のメガバンクである東京三菱UFJがモルガンスタンレー証券に大口の出資をして同社の筆頭株主となるという大きな勝負に打って出ました。同社はその後のモルスタ株の急落にも姿勢を変えず、出資金の払い込みを前倒しして行った旨を公表してG7後でもある週明けの北米株式市場をサポートする姿勢を見せています。


何故壊れたビジネスモデルを買うのか?


市場にはそのような懐疑的な声も上がっているのですが、私は個人的に本邦の証券、銀行の最大手の両社の決断は数年後には喝采を浴びている可能性があると思っています。


ただ、業界関係者にもそのような懐疑論や悲観論が蔓延する位、金融界はまさに激震に襲われたことは間違いありません。


まさかと思うような企業がまさかと思うような事態になっているのですが、Wall街の一角のベアスターンズ証券の行き詰まり以降も風雲急を告げる世の中の変わりようです。




一体何があったのか?


業界のインサイダー的な話になりますが、そこには複雑な背景があります。


Complianceは、法令遵守と訳されますが、特に金融業界に関していえば遵守の対象は法令だけではありません。そこには様々な国際規約のようなものもあるのですが、その中のひとつにBaselⅡと言われる自己資本ルールがあります。これは簡単に言えば、保有する資産の質に従って追加資本を積み増すというルールです。


米国は突出した消費国家ですが、欧州やアジアの大部分は高い貯蓄性向を持っており、金融機関は必ずしも貸出余剰(預金残高<貸出残高)では無く、何か割りのよい運用方法を探しています。


 そこにサブプライム等の高金利ローンも組み込んだ利回りのよい証券化商品がありました。国内企業に貸出をするよりも余程高金利です。問題はBaselⅡ規約による追加資本金ですが、ここに一つの抜け穴がありました。CDS(Credit Default Swap)と呼ばれるものです。


このデリバティブ商品の説明は省略しますが、CDSの購入=売り手の保障がつくという事であり、この売り手がAAA格の金融機関であれば購入する証券化商品は事実上の安全資産となり、BaselⅡ規約の資本金の積増し義務が大幅に緩和される(時として無くなる)事になりますので、この運用手法は爆発的に世界中に広がりました。

  1. 高利回りの証券化商品を買う。

  2. CDS市場で保障を買う。

という事なのですが、世界中の金融機関がこの“②CDS市場で保障を買う”という時に最も安価な保障を提供し続けて来たのがAAA格の世界最大の保険会社でした。そうです、AIGだったのです。


前回の投稿で述べたとおり、2007年度から急激にサブプライムローンの延滞が増加しますが、多くの金融機関はAIGから購入したCDSのお陰で資産の劣化を防ぐ事が出来ましたが、一方でAIGは世界中の金融機関から損失を輸入した格好となり、バランスシートが急速に劣化していきます、


雪崩が起きたのは先月、9月の中旬でした。


格付け会社が一斉にAIGを格下げしたのです。同社が大きな困難に直面したことは直ぐに分ることですが、世間が見落としているのがBaselⅡ規約です。


 CDSの売り手であるAIGAAA格を失った瞬間に、世界中の金融機関の資産査定が劣化してBaselⅡにより資本金の大幅な積み増しの必要性に迫られたのです。


CDSというクレジットデリバティブ取引を通してAIGが世界中から損失を輸入し、逆にこのスワップ取引を通してAIGの格下げは世界中に資本増強の必要性(そしてBaselⅡによる義務)を輸出することになりました。


これで世界中の金融機関による狂乱のファンディング圧力の高まりが銀行間の資金取引を枯渇させ、銀行間取引レートであるLiborLondon Interbank Offered Rateが急上昇します。金利市場でドル資金が取れなくなった市場参加者が為替先物や通貨スワップ市場で足元のドル需要を調達する動きが活発化したことからこれらの市場にも異様な歪みが生じてしまい国際金融市場がパンク寸前となり、それがさらに体力の無い金融機関の経営を圧迫するという悪循環が生まれた訳です。


実はここで衝撃的な事実が表面化しました。一つの謎が解けたという表現がなされてもいますが、大きく経営が傾いたAIGのポートフォリオの中でこのCDS取引の最大のカウンターパーティは名うての海外金融機関勢を抑えて国内はWall街の本丸と目されるX社であったというのです。


同社の独り勝ちの構図は業界の中では長年の謎でしたが、同社が他社のような大規模なWrite-offや資本増強の必要性に迫られなかった背景の一端が明らかになり、米国金融当局はAIGLehmanのように破綻させる訳には行かなくなりました。世界中の主要金融機関と国内最大の投資銀行に引導を渡すという選択肢はあり得ないからです。


こうしてAIGは事実上の国有化となり、X社Warren Buffet氏から大規模な出資を受ける事となりました。


ここでも事実は小説よりも奇なりです。BaselⅡのような規制の無い事実上の無法地帯だったCredit
Derivative
市場にメスを入れた時に、副産物として(?)Wall街の長年の謎が解けたという訳です。


誤解と批判を恐れずに私見を述べれば、主要メディアを含む世間が完全に見落としている事の一つに、「米国発の混乱」という表現は正しいとしても、それ以前にあった世界経済や世界的な資産市場のバブル的な繁栄自体が、そもそも「米国発」のものだったという事実があるのではないでしょうか。


Let us always make sure that we are looking at both sides of the coin.


いずれにしてもこうして9月にルビンコン河を渡った以上、第4四半期も大きな時代の潮流がうねる事になりそうです。