2007年9月24日月曜日

When the smoke is eventually cleared.....

今の部署に移ってからは、毎朝家を出るのは6時20分くらいでしょうか。

以前日本にいた時も、米国時代も、そして現在も同じですが、多くの人は毎日意外と型にはまった生活パターンをしているようで、出勤時や駅のホームで決まって顔を合わせる名前も知らないし話した事も無い文字通りの”顔見知り”が居ます。

そんな中に、ある親子がいます。

父親は私より年上と思われますが、子供は小学校の1年生か2年生といった感じでしょうか。ランドセルが大きく見える小さな男の子がお父さんと一緒に電車に乗るのですが、この親子が駅に向かって歩く姿をよく見掛けます。

何故だろう・・・?

初めてこの親子を見かけた時にはそう思いました。

父親と子供の間が妙に開いていて、10メートル位先を歩く父親を追いかけるように、小さな男の子がとぼとぼと歩いていくのです。

そんな初日の疑問に対して、二日目には仮説を立て、三日目にはほぼ確信に変わったと言う感じなのですが、どうやらこのお父さんは、自分が喫煙をしているために子供から離れて歩いているというのが正解だったようです。(勿論当人に確認したわけではありませんが・・・)

私は喫煙者ではないし、過去にも喫煙をしていた事も無いのでピンと来ないのですが、あれは一種の麻薬なのではないかと良く思います。

 周囲には少なからぬ喫煙者が居ますが、中には相当なヘビースモーカーも居て、明らかに禁断症状を感じる事もあります。

 このお父さんも、私と同じように朝早く出勤して、帰りもそこそこ遅いのだとすれば毎朝駅まで子供と歩く10分程度の時間帯はとても貴重な親子の時間なのではないかと思うのですが、彼には子供に煙を吸わせないように10メートルほど離れて歩くと言う愛情はあっても、朝の一服を犠牲にして子供と手を繋いで歩いたり、色々と話をしながら親子のふれあいを持つと言う事にはならないのだとしたら本当に勿体無い話だと思います。(大きなお世話でしょうが・・・)

煙草の禁断的な中毒性は、文字通り愛煙者の視野を煙で曇らせてしまうようです。

嫌煙者の独断ですが・・・・

私は喫煙は自己リスクの原則において当然認められるべき行為だと思っています。ただ喫煙者の大半はいまさら喫煙が健康に良い等という幻想は持っていない中でどうしてこれだけの人々が喫煙をしているのかは興味深いテーマと言えます。

ズバリ・・・人間とは、余程訓練でもしていない限りにおいて、将来のリスクにいくら警鐘を鳴らされても目先の効用には逆らえないものなのではないでしょうか。

よく聞くのですが、緊張が解けてリラックス出来る、集中力が高まる、眠気が取れる・・・喫煙の効用はこういうものらしいのですが、これらの効用の”煙”が喫煙者の健康意識や家族愛までをも曇らせてしまうというのは驚異的なことです。

より大きなレベルで見ても面白いことに気がつきます。個人だけではなく国レベルで見ても全く同様なのです。

地球温暖化の問題を見てみましょう。二酸化炭素の排出を煙草の煙に置き換えてみれば議論は相似形と言えます。いまや二酸化炭素の排出が地球温暖化の主因であり、これを抑制していくことの必要性に意義や疑問を唱える国はありません。

しかし、途上国は経済発展という目先の効用を優先する理由から先進国を中心とした削減を主張し自分達は排出しまくり、同様に経済活動優先と言う理由から米国までも京都議定書に当初から参加せず、今年の春には"環境問題先進国"のカナダまでもが京都議定書の削減目標の放棄を宣言するという事態に至りました。最早京都議定書は完全な骨抜きになったと言わざるを得ません。

経済絶好調で遂にカナダドルが対米ドルでParity(=1.0)を突破している状況下で、経済活動を犠牲にしてまで京都議定書の目標を遵守するわけには行きませんというのがかの国の政治判断なのですが、よりによってパーティの真っ最中に禁煙はないでしょうと言うというのが今の状況でしょう。

ところで・・・・・

将来のリスクは一応認識しており、また最近少々痛い目にあった人も少なくない・・・そんな中で多くの投資家にとっての禁断の(?)目先の効用とはいったい何なのでしょうか?

これが細かく金利差による収益を積み上げるキャリートレードであるならば、今後数ヶ月で相当進む可能性のある米ドル下落相場の中で、日本円は必ずしも勝ち組には入らない可能性もあるのではないでしょうか。ユーロや豪ドル、カナダドルなどが対ドル、対円で再び高値を更新していくような相場展開も十分ありと言うことだと思います。

世の中には大円高を予想する向きも少なくありませんし、それは十分に理解出来る予想です。ただ、世の中の喫煙者が減らないことと同様にキャリートレードも中々減らない可能性があるということです。

いずれにしても、まだまだ視界は色々な煙で曇っていますね。