2007年7月11日水曜日

Redemption

NYのワールドトレードセンターで働いていたころ、よく飲みに行く仲の良い友人がいました。
私と彼は勤務先は違いましたが業務上の取引関係があり、プライベートでも親密な付き合いをしていました。大抵は私の方が残業で遅くなることが多く、彼は一度トライベッカの自宅に帰ってからどこかで待ち合わせるというパターンが定着していました。

物事の段取りが悪い私はいつも彼に場所の選定や予約なども丸投げしていましたが、日本食が好きな彼は結局トライベッカにあるZuttoという店やマーサーストリートのHという蕎麦屋に予約を取ったと連絡してくる事がよくありました。

そのHという蕎麦屋での出来事です。

予約時間丁度に店の前で合流した我々は、階段を登って店に入り、出迎えてくれた店長に予約があることを伝えました。店は満席でしたが、予約を確認した店長は既に間もなくチェックを終えて帰ろうとしている客のテーブルを指し示し、「直ぐにご用意できますのでお待ちください」と言い、我々はその場で待っていました。

数分が経過し、テーブルのクリーンアップも終了した頃でした。我々がそろそろテーブルに移れると思った瞬間に背後から声がしました。

「こんにちは。あれ、ちょっと一杯ですね。駄目かな・・・・」

今日は予約が無いと苦しいだろうと思いながら何気に振り返ると、そこには当時NYで活動(修行?)していたKという歌手と二人のスタッフ(多分)が立っていました。

”あ、歌手のKだ” などとミーハー的な事を考えていた我々の背後から先ほどの店長の声がしました。

「これはこれはいらっしゃいませ。何をおっしゃいますか、さーこちらへどうぞ!」

店長は、歌手のK御一行を私達が座るはずだったテーブルに案内し、性格は悪くなさそうなKは我々を見ながら、「いいんですか?」等と言いながらテーブルに向かいました。

店長は、古武道の摺足のような歩みでバツの悪そうに我々のところに戻ってくると、慇懃無礼な笑みを浮かべながら「す、直ぐにご用意いたしますので・・」などと理解を求めるような弁明をしたのですが、私はここで切れてしまいました。

「もういいです」

私はそう言うと、蕎麦好きで明らかに未練の残る友人を促して私は店を出てしまい、店長は店の外まで追いかけて来て謝っていましたが、それを振り切るようにして我々は立ち去りました。

結局その夜はSOHOのOMENという京料理の店で食事をして帰りましたが、私はそれ以来一度もこの店に行くことはありませんでした。人気のあった店ですので何かの集まりに使われることもありましたが、私はこの店が会合場所であるという理由だけで会を欠席したこともある位でした。

あれから10年ほど経過したのでしょうか。
私は今東京で、この店が先般16年の歴史に終止符を打って閉店した事を知りました。

不思議と”ざまー見ろ”という気持ちは起きませんでした。
むしろ、どこか寂しいような残念な気持ちにすらなったことに少々驚きながら、その理由を探している自分が居ました。

今は東京からNYを懐かしむ気持ちが強い事。流石に10年経てば怒りも冷めて笑い話になる事。そしてこの友人が既に他界しており、この店も彼との思い出の場所の一つであった事。

これら全てが背景にあるような気がします。今は天国に居る彼の足跡がまた一つ消えてしまったような気がするのです。

幸いにしてこの蕎麦屋の本店は東京の荻窪にあるようですので、そのうちここに行って見ようかと思っています。経営者のご子息と言う話だったあの店長も今はそこに居るのかもしれませんが、私も既に顔は良く思い出せません。

Redemption

そう、まさにこの言葉が頭に浮かんできました。

お蕎麦が美味しいといいな~・・・・・