2007年6月8日金曜日

Scylla and Charibdis

スキュラもカリブディスもギリシャ神話に登場しますが、イタリア半島とシチリア島の間にあるメッシナ海峡にあってそこを通る船を巨大な渦巻きを起こして飲み込んだ恐ろしい怪物がカリブディス、その対岸の岩間に潜み、カリブディスに船を沈められて逃れようとする船乗りたちを溺死させたのがスキュラという怪物でした。

この時の船乗りの状況を思うと夜もうなされてしまいそうですが、そんな背景から進退窮まった大ピンチという状況を、Between Scylla and Charibdis  或いは発音しにくい固有名詞ではなく状況説明で Between devil and deep blue sea  等と 表現することがあります。Stingの”Wrapped around your fingers" というヒット曲にはこれらが両方使われていました。

ところで、ここ数年間金融市場を支配してきた複数の”魔物”達にも多くの連携がありました。

過剰流動性、信用拡大、レバレッジ、資産バブル、Low Volatility、High Correlation・・・・ これらが、渦を巻いたり待ち伏せをしたりして多くの船を沈没させてきたのです。

長期金利を上昇させて過剰流動性と信用拡大という魔物を退治するという戦略を立てたのが金融界のカリスマ、Allan Grenspan前FRB議長でした。
 しかしこの戦略に基づき政策金利(FFレート)を何度も引き上げたのに長期金利はさっぱり上昇しない状況が続き、Greenspan前FRB議長はこの状況を”Conundrum”(不可思議な難問)と表現して嘆きました。

奇しくも同時期にオプション市場では長期ゾーンのImplied Volatilityから異様な低迷が始まりました。本来は先々のことになるほど予測は困難なわけですからYield CurveにしてもVolatility Curveにしても長期ゾーンになるほど最低でもリスクプレミアム分だけ数字が大きくなる順イールド構造が基本です。
 しかし最近ではGreenspan前議長ですら一時的な異常現象だと思っていた”Conundum”の日常化が起こって久しいのです。

市場参加者の間ではこの”異常の日常化”を受け入れないと上手く泳げないという認識が広まってきたのですが、過去2週間、特に今週後半の動きはいよいよ”Conundrum"が解消に向かい始めた可能性の匂いを嗅ぐような現象が見られ始めたと感じています。

世界株価の調整反落に端を発し、長期金利の急上昇、オプション市場のImplied Volatilityの上昇、エマージング等低流動性通貨下落、高流動性通貨上昇(特に米ドルが急騰)、クロス円で円高、などと言う潮流が蠢き始めており、異種アセット間、異種市場間のCorrelation(相関)にも下落傾向が出始めました。

Wall Streetを中心に世界株価への警戒感は年初からずいぶん聞かれましたが世界的な投資ブームの拡大が相場をひたすら持ち上げてきました。
 そのような状況下足元の動きについては、5月までに年初来50%を超える上昇を示現して年末までに100%(=2倍)に到達かという中国株に対するGreenspan前議長の大幅調整不可避発言、中国の株式取引に係る印紙税の増税、影響力のある米系証券が相次いで(モルスタ、Citi)株価下落の警告レポートを出すなどの動きから上述の怪物たちの足並みがやや乱れ始めたというところでしょうか。

この程度の下落では株価は依然調整の域を出ない中で、顕著なのは長期金利の上昇です。特に米国の財務省証券10年債利回りが5%を突破した事のインパクトは大きく、世界中の運用機関が巨大債権ポートフォリオが被ったダメージコントロールの為に利益の出るポジションで益出しを始めた為に株式市場や為替市場で逆流の渦が出始めているようです。

この動乱がどの程度のものになるかは来週以降の相場を見ていく必要がありますが、結果的にはFRB議長退任後にも長期金利低迷という”Conundrum”の解決にGreenspan氏が執念を見せた格好となっておりこの部分も実に面白いと思っています。

実は金融市場からの絶大な信頼と影響力を維持した歴史に残るカリスマ議長となったGreenspan氏は、現役時代は魔術師、呪術師、マエストロ等と呼ばれていました。この人も怪しげな怪物なのです。

Scylla、Charibdis、Greenspan・・・ 金融市場という深く、巨大な海の戦いは新たな展開に入ったのでしょうか?

過剰流動性、低Volatility、高相関という深海の神秘にはメスが入るでしょうか?

巨大イカでもいたら怖いですね・・・