2007年5月28日月曜日

大相撲と日本

日曜日の千秋楽における結びの一番で白鵬が朝青龍に勝って全勝優勝で横綱昇進を確実にした一番は本当に力の入る大一番だったと思います。
 私はただひたすら感動してしまったのですが、関取になりたくてモンゴルから来た若者が当初あまりにも痩せていたので引き取り手が無く帰国を勧められたという試練を乗り越えて遂に頂点まで上り詰めたことはまさにJapanese Dreamといえるでしょう。

一部には日本の国技である大相撲の東西両横綱がモンゴル出身であることをとやかくいう視野の狭い日本人もいると思いますが、一刻も早くそういう考えを捨て去らないと日本は本当に縮小均衡型の衰退をたどるでしょう。還元すれば大相撲は日本再生の一つのモデルだと思います。

我々投資家が必ず読むいくつかのレポートの一つに Gartman Letter と言うものがありますが、このレポートも指摘する日本の問題の根本はまさに少子高齢化です。厳密に言えばこのレポートの発行人のDennis Gartmanというオッサンは、”Japan is a country of aging and decreasing population.”
という表現を使用していますが、人口が高齢化し、減少している国の経済発展には一定の限界がると言うことです。やはり国力、経済力は人口が確保出来ないと話にならないのでしょう。

日本経済が戦後最長の景気拡大などと言いながら、株価が他のアジア諸国のそれを大きくUnderperformし、なんと2007年度の調査で一世帯あたりの平均年間所得が史上最低を記録し6割方の世帯が生活が苦しいと回答していると言うのは驚くべきことですし、事実東京あたりで感じる好景気は地方の多くでは全く見られないと言うのが今の日本です。

みんなで早く気づきましょう。外国人力士を受け入れていなければ、朝青龍も白鵬も琴欧州もいないわけで恐らくは年中かど番になっては次の場所で辛うじて勝ち越して大関に留まっている連中が横綱でふんぞり返っていた事でしょう。
 つまり、外国人力士を受け入れていなければ我々は今よりも弱い横綱やレベルの低い相撲を見ていたわけです。外国人力士のおかげで強い横綱とレベルの高い取り組みが確保され大相撲も維持発展できていると言うわけです。彼らは侵入者ではなく救世主であることに早く気づきましょう。

国としてこれをやっているのが米国で、米国が大国であることや米国経済が世界最大であることなどは米国人が優秀なのではなく米国と言うシステムが優秀だからだと考えています。

米国には世界中から優秀な人材と大量の資本が流れ込むシステムが出来上がっており、これまで世の中を根本から変えるようなInnovationの多くは米国で起きてきました。強調しますが必ずしも米国人が起こしているわけではなく、米国にいる人間が米国に流入した資本でInnovationを起こしていると言う訳です。米国人の多くはこれを誇りに思っており、スポーツでも例えばMLBでイチローや松井、松坂などが活躍すればそれを絶賛し、日本の一流どころが才能を開花させて人生のを勝負する場に米国を選択したことを喜び、誇りに思いながら彼らを心から評価するわけです。

日本もいろいろな意味でドアを開いていかないと、衰退はしないまでも縮小均衡路線の中で鎖国状態となり、アジアの中でも完全に置いて行かれた存在に成り下がってしまうのではないでしょうか。

私はかつて米国の日本食料品店のTVで5年以上振りに見た大相撲中継に釘付けになったことがありました。先ずはとにかくその様式美に心を打たれたのですが、あとでわかったのは私の目を釘付けにした力士は外国人力士でした。人種や出目に関係なく相撲道に精進する力士が全身から発するオーラや細かいしぐさにも染み付いている様式美をこそ我々はAppreciateし、維持していくべきなのではないでしょうか。

白鵬の横綱昇進を喜びながら、日本経済の本格的な復活のヒントがあると感じたのですが、いかがでしょうか。

いずれにしても白鵬の不知火型の土俵入りはきっと美しいでしょう。

2007年5月27日日曜日

良心が試される時

米国では、色々なエスニック料理を出すレストランがあり、私はインド料理などにも随分とはまっていました。いったん気に入ると特定の場所に通い続ける傾向のある私はインド料理でも幾つかの店で覚えられるようになり、やがてメニュ-すら出てこなくなった店もありました。いつも同じものを食べていたからです。

その位インド料理が好きだった私は、東京に来てから時折無性にあのインド料理が食べたくなって困っていたのですが、先日会社の先輩にそのことを打ち明けたら彼が知っている新橋にあるインド料理の店に連れて行ってくれました。
 ここは、インド人がやっている店で、店に入った瞬間に本物と分かるような雰囲気だったのですが、味も本格的で私は非常に満足しました。

ただ、メニュ-を渡されて勇んで開けてみると、馴染みの料理は全く出ておらず、少し不安になりながら店員さん(インドの方)に、TikkamasalaとかVindalooという米国でいつも食べていた料理を口頭で告げると、ニッコリ笑って持って来てくれました。タ-ジマハ-ルというインドのビ-ルが無かったことを除けばこの店は大変気に入りましたので、今後ちょくちょく通うことになりそうです。

But...........

油断していたのですが、東京に来てからあまり刺激物を食していなかったせいか、翌日私はちょっとお腹を壊して何度かトイレの世話になりました。

そして、そこで良心を試される体験をしたのです。

トイレの個室に居るときに、どうやら隣の隣の個室から会社のメンテナンス係の部署の方々が何かを修理に来ている話し声が聞こえました。

「おい、これやっぱり何か大きめのものが詰まっているぞ」
「そうだな・・・・ これはボ-ルペンか何かじゃないか」
「このままだと溢れるな・・・」
「そうだな、ちょっとあれを取ってきてくれよ、なんだっけ、ええと・・そうプランジャ-」

ここで一人が、プランジャ-という道具を取りに消えたようでしたが、やがて残った一人の携帯電話が鳴り、電波の状態が悪いのか、彼もトイレを出て行ったようで、話し声がどんどん遠ざかっていきました。

その直後、私が個室を出ようとしたそのときでした・・・・・

誰かが戻って来て、”あの”個室に入ったのが分かりました。先ほどまで居たどちらかの人が戻ってきて修理をするのかなと思ったのですが、どうやらその人物は中から鍵を掛けたようでした。どうやら修理の人ではなさそうです。私はすぐに個室を出たのですが、もし教えてあげるのだとすれば当然ですが早いに越したことはありません。

どうしようか・・・・

「このままだと溢れるな・・」 という先ほどまでそこに居た人達の言葉が脳裏によみがえります。

日本で見るニュ-スで、電車の中の暴力や痴漢行為などを他の乗客が見てみぬ振りをして被害者を助けなかったと言う報道を何度か見て強い問題意識を感じていた私は、ここはこの個室の中の人に教えてあげるべきだと言う結論に達するのに大して時間は要しませんでした。

ただ、私がいきなり声をかけるべきか、先ずはドアをノックするべきかで躊躇したその時でした・・・・・

ぷ、ぷ、ぷ、ぷ、ぷぅ~わ~・・・・ん

ドア一枚隔てた個室の中から、初心者が吹くトランペットのような甲高い音がして、ドアをノック使用としていた私の手も、話し掛けようとしていた私の喉も、凍りついたように動かなくなりました。

やがて2名ほど人が入ってきて一人は小用、一人は大用の個室に消えて行き、私は何事も無かったかのように手を洗ってその場を立ち去りました。

私は電車内の暴力や痴漢行為を止められない人達と同じように、見て見ぬ振りをしてしまったのですが、私の良心を試しに来たかもしれない神様を失望させてしまったような気がして凄く悲しい思いをしました。

あの日、あの後で、何かが起きたのかどうか・・・・・私には分かりません・・・・ただ、なぜかこのことは今でも私の脳裏に蘇り、私に問題提起をしてきます。

良心が試される時・・・・・

それは、最も予期せぬ状況で来るものなのかもしれませんね。

Always stay on your toes, you could be tested at any moment.

2007年5月21日月曜日

Things are not always what they seem(2)

二人の天使が旅をしていました。

ある晩二人はある裕福な家に宿請いをしました。

その裕福な一家は、身なりの冴えない二人の天使を客間ではなく地下室に案内し、食事も出さずに邪険な扱いに終始しました。
 ジュニアな天使は憤慨しましたが、シニアな天使はそれをなだめながら、地下室の痛んだ床を一生懸命修繕し、裕福な一家への御礼としました。

翌日は過疎地の貧しい老夫婦の家に泊めてもらいました。

夫婦は貧しく、たった1頭しかいない年老いたヤギと暮らしていましたが、客人の為に大事に保存してあった食材を全て使って夫婦にとっては最高に贅沢な食事を作って二人をもてなし、たった一つのベッドを客人である二人に与え、自分たちは朝まで狭い土間に寝ていました。

翌朝、若い天使は、貧しい夫婦の泣き声で目を覚ましました。

二人の大切なたった一頭のヤギが永眠していました。
貴重な栄養源だったささやかなヤギの乳すら今後は無くなってしまうし、それ以上に夫婦はこのヤギを家族のように可愛がっていたのです。
二人の天使は夫婦にお礼とお悔やみを述べて立ち去りました。

再び旅路についた後、若い天使はシニアな天使に噛み付きました。

自分達を邪険に扱った裕福な一家の為に地下室の床を修繕し、心の奇麗な貧しい老夫婦宅では何もせず、彼らの大切なヤギをも見殺しにしたシニアな天使が許せなかったのです。

”Things are not always what they seem"

シニアな天使は説明しました。

最初の家の地下室では、壊れた床板の下に金粉を発見し、地下に金脈が通っている事がわかった。自分は、それを心の汚い一家が発見する事の無いように床を修繕して金脈を隠した。

二件目の貧しくも心の奇麗な老夫婦宅では、実は明け方に死神が老婆を召しにやって来たので、自分が話をつけて死神には老婆の代わりにヤギを与えた。

”Things are not always what they seem"

(後略)
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神のマスタープランは時として我々には理解出来ない場合が在ります。
でも、そこにはちゃんと意味があるのだと思います。意味と言うのは神の意思です。

家族連れに席を譲って事故にあった若い女性や2001年9月の同時多発テロで他界した人々を思う時、私は良くこの話を思い出します。

Things are not always what they seem.

私はそう確信しています。

2007年5月20日日曜日

Things are not always what they seem.(1)

少し前に関西の遊園地で所謂ジェットコ-スタ-が脱線して1名の犠牲者と多数の怪我人が出ると言う事故がありました。
 事故原因は過去に飛行機事故などでも問題となった”金属疲労”による車軸部品の劣化だったことが判明し、この遊園地の運営母体が定期検査などを怠っていた事などが大きな問題になりました。
 不思議なことにこういう事故というのは続く傾向があり、その少し前には小学校の木製遊具が倒壊して児童に怪我人が出るという事故もあり、遊具は木製でしたが、やはり原因は長年の使用による部品の劣化であり、これは”金属疲労”ならぬ”勤続疲労”とでも言うべきもので学校側の安全性管理などに問題があったのではないかとの問題提起もなされていました。

色々考えさせられる問題ですが、ジェットコ-スタ-の事故にはもう一つ私の心強くに刺さる側面がありました。
 実は被害者の若い女性は事件当日に仲良しグル-プで遊びに来ており、人気アトラクションなので順番待ちの列が出来ていたこのジェットコ-スタ-には、順番通りであれば第一車両に乗り込むはずだったそうなのですが、このグル-プは自分達のすぐ後ろに並んでいた親子連れに一番スリルのある第一車両を譲ってあげて自らは事故の起きた二番目の車両に乗り込んだという経緯があったそうなのです。

この話は私の心に深く突き刺さりました。そして、この第一車両を譲られた親子が、巡り会わの悪戯で心情的は複雑だが直接命を助けてもらった訳でもないと言う理由で被害者の葬儀には参列しなかったと言う話には更に心をえぐられるような痛みを感じました。

2001年の9月11日の同時多発テロに関しても私は米国に居たので身近にも類似の話が少なからずあったのですが、その都度同じ事を考えます。

全ては神の壮大な計画の中で起きた事であり、神にはちゃんとした考えがあって被害者を天に召したはずである。神のレベルには無い我々には時として理解し難い事象も起きるが、我々は神を信じて前に進むのみである。

Things are not always what they seem.

次回はこれに関する二人の天使の話を書きましょう。

2007年5月19日土曜日

Hatted off to China

金曜日にオフィスで残業をしていたら中国が人民元の変動幅を0.5%拡大するという発表がありました。米ドルにPegしていたことへの批判が高まり変動バンド性に移行した後は絶妙のタイミングで小刻みなバンドの拡大を発表するとともに政治や経済の当局者たちが自ら一層の通貨改革と市場開放の必要性を強調し、それに取り組む姿勢を表明することで国際社会からの批判を抑制し続けています。

今回の措置も米中戦略会議やG8サミット直前の発表であり、欧米各国から強い注文が付く事を予想した先制攻撃であると同時に国内保守層などから具体的な成果を求められる欧米当局者たちへの手土産でもあるわけです。特に今回はG8サミットを欠席してまで対中交渉の準備に背念すると言う米国財務省のPaulson長官へのGiftであることは明白ですね。

4千年の歴史で培われ、蓄積された中国の知恵や交渉術は恐るべしの一言に尽きます。

既に経済力と軍事力では世界屈指の水準にありながら地球温暖化などの環境問題などでは発展途上国という立場で二酸化炭素排出削減義務も負わないし、世界最強の経済発展を謳歌するようになる前は日本からも多額のODA援助などを得続けていました。天文学的水準の財政赤字を抱えながら日本も援助を続けていたのは両国間に”辛い歴史”があったことや核開発疑惑や拉致問題などで世界を震撼させてきた究極のならず者国家である北朝鮮への影響力が絶大な中国を敵に回すことは国策的にも致命傷となりかねないという背景もありました。

中国経済の勢いについては今更説明は不要で、資源と中国の時代の到来を予言する米国のカリスマ投資家のJim Rogers氏(かつてGeorge SorosとQuantum Fundを作ったおじさんです)は、子供を英語と中国語のバイリンガルにするべく数年間中国で子育てをしたほどですし、2007年度も既に+50%水準の驚異的な上昇を見せている中国株式市場に特化したファンドにお金を預けるのは最早Waiting List状態になっており、運用方針に注文などつけようものならお金を返されてしまう状態となっています。悪名高い”管理手数料”をゼロとして収益インセンティブのみでお金を集めるファンドも出てきた欧米とは全く違う状況なのです。

最近日本のメディアでも偽DisneyLandが取り上げられて縮れ毛キティちゃんや劇痩せドラエモンなどが笑いを誘った中国の知的所有権問題にしても当局による管理や規制のスタンスは全く消極的で日本や欧米先進国の神経を逆なでしているのですが、これにも実に興味深い背景がある可能性が在るようです。

 中国でビジネスを展開する人物から聞いたのですが、いわゆる”コピー商品”の氾濫は思わぬ経済効果をも実現しているのだそうで、例えば普通は設計事務所などにしかないはずの高価なCADシステム用の作画ソフトなども安価なコピーが出回っていることで就職後の研修や教育が不要なくらいアプリケーションに習熟した即戦力スタッフが採用出来ちゃったりするので実業界も大助かりだとか・・・・

悠久の歴史で蓄積された戦略の中では、欧米などからどんなに強硬な批判を受けても、黄河の流れに小石を投げ込まれた程度なのかもしれません。表面の小波は立てられますが、大河の流れは決して方向も速度も変わる事は無いと言う所でしょうか。

We have only to take our hats off.  まさに脱帽、文字通り”ハット”する話ですね。

金曜日のバンド拡大発表も見事なタイミングでした。

2007年5月17日木曜日

日本の電化製品

逆単身状態で日本で独り暮らしをしてみて最も驚いたことの一つが電化製品です。

暑さが本格化する前に購入するつもりで色々調べているエアコンでも最新式はなんとフィルターの掃除が10年間不要と言う優れもの。米国では窓付けエアコンを使用していましたが、フィルターはすぐに埃だらけになってエアコンなのか空気清浄器なのかわからないような感じでした。掃除しても綺麗に取りきれないし、やがて何か臭いがするような気もしてある時にエタノールの霧をかけたら余計に状況が悪化したことがありました。自信満々の作戦だったのですが・・・

洗濯機はドラム式と言うのを購入しましたが、これも素晴らしいですね。騒音も殆ど無くて周囲を気にせずに夜中でも洗濯乾燥が出来ます。省エネ化も進んでいて、最新型は高いのですが購入後の数年で使用電力費や水道代の節約分で元は取れてしまうと言っていました。電気屋さんが言っていたので割り引いて聞くべきでしょうが・・・

帰国後に私は購入した最新型ドラム方式全自動の洗濯機の到着を楽しみに洗濯物を溜め込んでいたのですが、最初の洗濯でそれらを全部詰め込んだところちょっと失敗しました。
 最近流行のドラム方式や半ドラム方式なるものの基本は、ドラムの回転で中身が持ち上がっては落ちるという”叩き洗い”の原理が働くところなのですが、私のデビュー戦は詰め込みすぎてドラムの中身がラッシュ時の通勤電車内のようにぎゅうぎゅう詰め状態だったために全く”叩き洗い”状態とならず、ただ大福餅がひたすら回転していると言うような状態になったまま乾燥まで終了してしまったのです。

出来上がりは・・・一応の”ふんわり感”はありましたが、とにかく何もかもが”しわくちゃ”でした。何を見ても感動するくらいの”縮緬雑魚”状態で、折角の形状安定素材によるYシャツもほとんどスパイダーマンの衣装状態でした。

最近はちょっとコツがわかってきて、YシャツはYシャツだけで洗濯し、乾燥はさせずにハンガーで室内に干す。その後に他の衣類を洗濯乾燥しますが、”叩き洗い”原理が機能するように詰め込み過ぎないと言うことに気を砕いています。

その他、携帯電話も非常に薄く、一度の充電で物凄く長持ちするし、MP3化したウォークマンもマッチ箱のようなサイズです。

やはり日本の技術は凄いと思いました。日本メーカーは洗濯機やエアコンを米国で大々的に宣伝したらかなり行けるのではないかと思います。ウォシュレットが全く普及しないことを悩んでいる場合ではないですよ。がんばれ日本、天晴れ日本の技術!

2007年5月13日日曜日

戦国武将に思う・・・

先日の山本勘介に続き、今日は小田原北条氏について書きます。

10年以上振りに日本に来て、天守閣が見たくなった私は先日小田原まで出向いて本当に久しぶりに小田原城を見て、天守閣にも登ってきました。丁度小田原三代祭なるものが開催されていて城内は露店などで賑わっていました。

小田原北条氏は、この城を拠点に関東一円を支配下に置く天下を狙える大大名となり、5代続きましたが、どんな日本史の教科書にも登場する北条早雲から数えて、氏綱、氏康までの最初の3代が特に傑出していたと言うことで5代祭ではなく、3代祭なのでしょうか? 
 結果的に小田原北条氏を滅亡に導いた4代目と5代目(氏政、氏直父子)が地元の人々に評価されていないのだとしたらちょっと気の毒ですね。

こういうのは、巡り合わせの運不運が大きいし、それ以前に運命・宿命かもしれないとも思うのです。

今年の大河ドラマの題材である武田氏にしても、信玄が自らの煩悩に負けて周囲の猛反対を押し切って諏訪氏の娘を強引に側室にして生ませた息子が後に武田家を滅亡に導いた武田勝頼であり、後に信玄が正妻の大井夫人が生んだ世継ぎである武田太郎義信を自害に追い込んだのも、勝頼の存在が世継ぎの不安をなくしていたから踏み切れたことだと思います。

ライバルの上杉謙信にまで認められていた太郎義信が信玄の後を継いでいたら、長篠の合戦の大敗やあれだけ急な武田家滅亡は無かったかもしれませんし、自分の父親と反目していた信虎が信玄に追放され、信玄は更に意見の合わない長男義信を殺してしまい、滅ぼした諏訪氏の娘を略奪して産ませた勝頼が武田家を滅亡に導くと言うのはなんとも言えない因果な負の連鎖とも表現出来ます。

同じように、戦国時代の幕開けを告げる役割として歴史に登場した北条早雲を祖とする小田原北条氏が、後の豊臣秀吉の天下統一事業の最後の仕上げの引き立て役となった事。秀吉の小田原征伐で北条氏が滅亡することで戦国時代が終焉を迎えたという歴史の流れにはなんとも言えない無常観を感じざるを得ません。

歴史と言う悠久の時の流れの中で、やはり我々はそれぞれに何らかの役割を担って存在しているのではないでしょうか。 歴史の研究において特定の一族や人物にFOCUSして見て行く時に、そういう気持ちになることは非常に多いですね。北条氏なども戦国時代の幕開けと幕引きを両方担った一族であったわけです。

小田原に向かう電車の中で、私は途中で眠りに落ちていました。目覚めたときには周囲の人々が皆電車を降りていくところで、私は駅名の”小田原”と言う文字を確認して慌てて立ち上がり他の乗客に続きました。

その時、私の対面の席に同様に眠りこける男性を発見し、私は彼の膝を叩いて彼を起こしました。
”小田原ですよ” という私の顔を彼は不思議そうに見上げながら、事態の把握が出来ていないようでした。私がもう一度彼に声を掛けようとしたその瞬間に、駅のアナウンスが聞こえました。

”箱根湯本行き間も無く発車です”

平然として私を見上げる彼に対して、私は寝ぼけていたのは自分の方であると悟りました。小田原では確かにほとんどの乗客が下車しましたが、別に終点ではないのです。箱根湯本方面に行く乗客を私は起こしてしまったようでした。

”あ、ごめんなさいね”

そう言って私は電車を飛び出して、そのまま忍者のように走り去りました。
彼には偉い迷惑だったことでしょうが、最後まで不思議な人に出会ったと言う記憶だけが残ったのではないでしょうか。

私が担って生まれてきた役割が、こういうドタバタばかりであれば、それはとても悲しいことではありませんか。

困ったものです・・・
 

2007年5月8日火曜日

ところ変われば・・・・・変わる?

あちこちで言われたり書かれたりしている話ですので私も米国にいたときから聞いてはいましたが、実際にエスカレーターの乗り方が米国と東京では反対のようです。

乗り方が反対と言ってもまさか後ろ向きに乗る人がいるわけでもなく、要は急いでいる人達が通れるように空けておくサイドが逆なのです。

米国では、普通にエスカレーターを利用する人達は右側に列を作り、急いでいる人達はその左側を通過していきますが、東京では急いでいる人達が右側を通ります。

米国と東京という書き方をしたのは、さらに面白いことに日本国内では地域によって左右両方あるらしいことがわかったからです。
 どうも急いでいる人の為に空けられるサイドは、東京、名古屋が右側で、神戸、京都、大阪などは左側なのだそうです。

世界はと言うと、米国以外でも英国、フランス、香港が左側だということなので、どうもこちらが優勢なようです。実際に神戸、大阪、京都が海外と同じなのは万国博覧会のときに世界標準が導入されたためという説もあるので、日本はもともと右側を空けるのが普通で関西の一部が万博の名残で海外と同じなのかもしれません。

日本には、歩行者の右側通行という概念があり、車も右ハンドル左車線で追い越し車線は右側なので個人的にはこれとの関係が無視できないと感じていますが、ただどうも同じ状況の英国が米国同様に左だというのでちょっとわからなくなりました。

今日のタイトルは、”ところ変われば・・・色々変わる”という話なのですが、エスカレーターの兄弟分であるエレベーターの乗り方にも大きな相違があり、私自身はエスカレーターの10倍困惑しています。

米国というか恐らく欧米全てで、エレベーターは乗る時も下りる時も女性が先で、男性はドアを抑えておくなどのエスコートをします。カップルだろうが知らない同士だろうが関係ないし、老若男女も関係ありません。

男尊女卑の名残のような気がして個人的には嫌なのですが、何故か日本では男が先に乗るし、女性も一歩引いてそれを促します。
 さらに女性が後から乗るために結果的に女性がドアの側に立つことになり、多くの場合女性がエレベータガールのように指定された階で止まれば下りる人が出終わるまで「開ボタン」でドアを開け続け、それが終わると「閉ボタン」でドアを閉めるのです。

エスカレーターには直ぐに慣れた私も、エレベーターでは未だに無意識に女性と譲り合ってしまい、世間のリズムを狂わせています。

そして・・・・

最近到達した結論なのですが、日本は、男も女も・・そしてエレベーターまでもが・・・・とてもせっかちです。上述のように途中階で降りる人の為に「開ボタン」を押していた筈の人物が、まさに最後に下りる人間の背中を擦るくらいのタイミングで一気に「閉ボタン」を押すのです。そして日本製のエレベーターは高性能であるが故なのでしょうが、極めて敏感に反応するようでいきなりドアが閉まります。
 今思えば、米国のエレベーターは、極めて鈍感でしたが、あれは安全性を考慮してのことかもしれません。とにかく私は既に3回ほど、肩や肩甲骨をドアに挟まれました。背後で閉まるドアの隙間からかすかに「あ!」と言う女性の声が聞こえるのは空しいものです。

せっかちババー 死ね。

と言う感じなのです。

ところ変われば・・・・変わる というテーマは他にも題材がありますが、あまり議論をElevateして感情がEscalateするといけないので、この話はこの辺にしておきましょう。
 
とにかく米国ではEscortしていたのに、日本ではEscapeしている感じです・・・

2007年5月6日日曜日

原因と結果の相互連関(2)

引き続き標題の件につき考察をして見ましょう。

① 結局最後は、強くて運のある馬が勝つ
② 格闘技をやった人間が強いのではなく、強い人間が格闘技をやっている

競馬と格闘技に関する二つのテーマは、私が従事する金融市場の仕事とも共通するものがあります。相場というものはどんなに情報を集めて詳細な分析をして取った戦略でも損を出すかと思えば、気軽に取った戦略で(言葉は悪いかもしれませんが・・)大きな収益を得ることもある何とも形容し難い世界です。また、予想が100%的中しながら、諸般の事情から”今回は慎重に・・”などと思ってポジションを取っていなかったりという事もあり、忸怩たる思いをする事もしばしばです。

そこで、相場の世界ではこう言われるのです。

正しい者が勝つのではなく、勝った者が正しいのだ。

この、勝てば官軍という発想は北米市場でも、”Doing right is more important than being right"という表現でよく耳にしました。理由なんてどうでも良いから儲けた者が評価されるということですね。

①結局最後は強くて運のある馬が勝つ。
②格闘技をやった人間が強いのではなく、強い人間が格闘技をやっている。
③正しい者が勝つのではなく、勝った者が正しいのだ。

ロジック上は結果であるはずの事象が実は原因の土台となっているのですが、掘り下げていくと原因の前から結果が存在していたようにも感じられます。
 最初から”存在した”結果が表面に出てくるために原因が作られているかのような部分があるのです。また、勝った馬がより強くなり、強い人間が格闘技でより強くなるという具合にこの原因と結果が相互の原因と結果となりながら循環論的に強まっていくという不思議な関係が成立しているようでもあります。

何だか原始仏教の因果律と原始キリスト教の予定説が一緒に登場するようなテーマなのですが、この命題は永遠のテーマとして今後も私の脳裏から離れることはなさそうです。

Causality(因果律)とPredestination(予定説)がリンクするなら、大きな真理が見えてきそうなのですが・・

原因と結果の相互連関(1)

米国には不思議な友人がたくさん居ます。

不思議と言う言葉を使う事が適当なのかどうかと言う問題もありますが、自分の中の一般常識や規格とでも言うべき枠組みから外れた所に位置する人達という意味です。
 私は彼らとの交流から先述のような一般常識や規格と言ったものが如何に範囲の狭いつまらない物かという事に気がつかせてもらったし、そこを飛び出したところにこそあるもの・・・・・・そんな可能性にも目を開かせてもらえたと言う気がします。

ある友人は音楽の道を志して大学を中退、何のコネも無く渡米して貼紙を頼りに公衆電話でアポを取ってバンドのオ-ディションを受けまくり、採用されたバンドで数年間活躍した後、プロの競馬師に転向、賞金収入のみで数年間生活しますが、安定収入を求める夫人への配慮などから商品取引の仲介業を営む会社に就職し、数年後に独立して金融市場全般の情報配信の仕事を起業して今でも元気に頑張っています。

かつての本業から今では生涯の趣味(副業?)という位置付けになっていますが、彼にとって毎年5月の最初の週末はケンタッキ-ダ-ビ-が行われる特別の日です。

今年の優勝馬はStreetsenseという馬で、昨年のBreedr's Cupの優勝馬だそうですが、これまでBreeder's Cupの勝者はKentuckyは勝てないと言うジンクスを破っての優勝だったそうです。
 彼曰く、ここ数年で業界で囁かれてきた様々なジンクスが軒並み破られているとの事ですが、結論から言ってしまえば、”強くて、運のある馬が勝つ”と言うことに尽きるとの事です。

最後は結局強くて、運のある馬が勝つ

これは、当たり前のようで、実は深い結論だと感じています。

ボクシングファンの集まりを基盤とした”格闘技の会”という同好会に顔を出した時にも、突出した実力がありながら世界王者にはならなかった名選手や、幸運と巡り合わせだけでベルトを巻いてしまったような選手達の話題が頻出します。つくづく思いますが、実力と強運を兼備する事は本当に大変な事です。

ここで、実力と言う要素について考察してみると、同じく”格闘技の会”のメンバ-、特に実際にボクシングや空手を本格的にやっていた人達ほど全会一致で到達してしまう驚くべき結論(?)があります。

格闘技をやった人間が強いのではなく、強い人間が格闘技をやっている

というのです。 (もちろん相当高いレベルに居る人達についての話です)

数年間もの期間他に収入も無い状態で必死に主要な馬のデ-タやトラックレコ-ドなどを研究し、レ-スの賞金収入で生活した人間の出した結論と、空手の国体出場者なども含めた格闘技経験者達の間で一致する強さの分析結果は、単純なようで、実に奥が深い普遍的なテ-マであるような気がします。

① 結局最後は、強くて運のある馬が勝つ
② 格闘技をやった人間が強いのではなく、強い人間が格闘技をやっている

以上の2点について、今後掘り下げてみたいと思います。

2007年5月4日金曜日

妙な格差と不思議な平等

日本ではメディアも政治家も”格差”と言う言葉をよく使用しているようです。
日本人の”均一性”が随分とばらけて来たという事が問題になっているからです。

不勉強な私は、当初はあまり深刻な問題だとは考えていませんでした。
もともと日本民族は単一民族では無いのに、単一民族だと言い張ってきた国ですから、一億層中流階級みたいな経済的な”均一性”だって最初から無かったのではないかと言う程度にしか思っていなかったのです。

ところが、幾つかこのテ-マを取り上げた特集番組などを見るにつれて随分と認識が変わってきました。格差問題と言うのが一部の成功した起業家や投資家といった上方に突き抜けるような富裕層の出現を意味するのではなく、むしろ下方に広がり始めた低収入階層の問題である事が分かってきたからです。確かにちょっと考えさせられますね。

TVの特集で、日本のサラリ-マン世帯の平均年収は473万円で、この10年位下がり続けていると言う解説がありました。金額はともかく、下がり続けていると言うのは非常に驚きました。
 更にTVではないのですが、デ-タオタク(?)の知人の話でも世帯収入が1千万を超えていれば日本では上位5%水準に位置し、公表される平均年収は飽くまでも統計の魔術の結果で、実際に平均年収とされる水準に位置する人々は少ないそうです。実際のマジョリティはそれよりも低いところに統計の山を作っており、数は少ないものの億単位と言うような例外的高収入の人々の”異常値”が平均値を引っ張り上げているという事になります。

正直言って随分驚いたし、これでは確かに政治のレベルでも真剣に研究してもらわないといけない問題だと思いました。彼ら(政治家)に何かが出来るのかどうかはちょっと疑問ですが・・・

資本主義経済には当然格差が生じますが、内実は極めて社会主義的であると言われてきた日本社会、日本経済に何か大きな変化が起こり始めているのかもしれませんね。

さて・・・全く話が変わりますが、その対極に位置するような問題意識を感じている事があります。上記のような奇妙な格差ではなく、日本には不可思議な平等と言うものがあるのです。
 米国の職場では、席替えやシステムのレベルアップ等に伴うIT関連の作業は我々はほとんどノ-タッチで、ITチ-ムやサポ-トチ-ムが何でもやってくれましたが、”平等社会”日本の会社ではその多くを各人が行わなくてはならないようです。ITチ-ムなどはその作業を指揮すると言う役割を演じており、誤解を恐れずに書いてしまうと、米国では我々を”斜め下”から支援してくれていたITチ-ム、サポ-トチ-ムが、東京では我々に”斜め上”あたりから指示を出していると言う感じだと思います。

私は金融市場に関する仕事をしているので、最低限の業務を行うだけでも必要不可欠な情報購読や外部との通信手段の確保などが必要です。今回自分が米国で使用していたもので、東京でも周囲の人間は当たり前のように利用しているものを希望したところ、1ヶ月以上待たされた挙句、投資案件として2種類の説明資料を提出させられました。更に極めつけはやっと対応してくれたITチ-ムが私のところに来て、作業の許可と指示をして帰っていったことです。
 私は他の部署に出向いて、指定された席にあったPCを取り外し、自分の席まで運んで設置した後、それまで使用していたPCを代替として他部署の席に再設置するという作業を行う羽目となったのですが、カジュアル勤務だった米国と違い、東京では毎日ネクタイをして出勤しながらもう何度も机の上に乗ったり、机の下に潜ったりしてPCやモニタ-の接続や交換などを行いました。

同僚の一人は、恐らく誰かが作業中に感電死でもすれば、素人に触らせるなと言うことになり、欧米のようにITチ-ムがやってくれるようになるだろうと言っていましたが、再び誤解や批判を恐れずに言えば、やはりこれは行き過ぎた平等なのではないかと言う気がします。

奇妙な格差と不思議な平等が仲良く共存しているのが今の日本なのではないでしょうか?

2007年5月3日木曜日

NYの大雨2

今の金融市場の大きなテーマの一つは米国に対する不安でしょう。
決して悪いという状況ではなく、過去10年世界経済を牽引し続けて来た事の疲労感が出ているという感じなのですが、2006年度後半の経済指標の強弱が MIXした踊り場的な時間帯を経て2007年度に入ってからは弱めのデータが 圧倒的に多くなってきた感があります。

米国のアキレス腱の一つとされているのが、サブプライムローンの問題で騒がれる住宅市場の問題なのですが、皮肉なことにこの状況下で今回の 豪雨の影響を受けた地域や物件の住宅価格はさらに落ち込むことに なるでしょう。
 Neighborhood自体が低地にあれば圏外に、子供が就学していれば学区内で高台にある家や地階がガレージで居住スペースは2階からというような物件 への転居を希望する人達も多く、不動産業者には多くの照会が来ているようです。

私は年内には家族を東京に呼ぶ予定ですが、前回書いたとおり高台にあり、現在住んでいるファミリーがやがて出て行くという事でうちの借家への照会も 急増した模様です。
 自分の持ち家ではないので関係はないのですが、お世話になった思い出のあるあの家ととても良い人だった大家さんにとっては素晴らしいことだと思います。

直接問い合わせがあった場合は、我々にこの家を紹介してくれたこれもお世話になった不動産屋さんの連絡先を教えるようにしていますが、先日彼女から妻に 電話で面白い話があったそうです。

ある日本人が、彼女に電話してこの家に興味があることを伝えたうえで、条件交渉や契約などは不動産業者を介さずにオーナーと直接行いたいので、 オーナーの名前と連絡先を教えてくれと言ってきたというのです。

私が口を出す立場には無いので、口を出さずに文字で書きますが(笑)、こいつは大馬鹿者というか、日本人の恥さらしですね。

安部首相が、”美しい国日本”の再建を掲げていますが、やはり日本人は随分と変わったと思います。こういうところは非常に良くなっていると感じる 部分もあるので今後書いてみたいと思いますが、以前よりも随分と自己中心的 になっていると感じるのは残念な部分です。上記の話も全く同じ部類ですね。

懸念される米国住宅市場の中身が、地域ごと、物件ごとに二極化する傾向が強まっているのと同様に、日本人も、その人間性、性格などにおいて二極化 してきているのかもしれませんね。

よく取り上げられる格差の問題というのも、能力面や経済面だけの話では ないということでしょうか。

まいったな~

2007年5月1日火曜日

NYの大雨1

4月16日にNYの友人がメールでNYエリアに10年来の大雨が降っていて、一部では洪水が起きていることを知らせてくれました。私の家族は大丈夫かと心配してくれているようでした。

NY郊外に借りている家は、戦国時代の山城を思わせるような高台にあります。
地域が洪水になっても最後まで影響を受けないと思われるので心配は無いだろうと思いましたが、長期間大雨が続くと地崩れの危険はあると思うのでこっそり会社から電話してみましたが何故か上手くつながらず、日中は少し不安を抱えた勤務となりました。

帰宅後にメールをチェックすると案の定家族からの状況報告のメールがあり、近所の友人宅が地下室まで洪水状態となって奥方が非難してきている事を知りました。

安堵したせいもあるのですが、次の子供から来ていたメールには笑ってしまいました。

”今ここは大きい雨で、大きいFloodがあるよ。”という出だしだったのですが、明らかに big rainfall,
big flood を直訳した日本語でした。
 かつて皆で乗った電車が妙に古かった時に、この子が old train  の直訳で、電車が年寄りだと表現したこと等も思い出されてNYや家族が凄く懐かしくなりました。

そう・・・今回のような大雨が数日続いた時に、「空にはあとどのくらいお水があるの?」と質問されたこともありました。その時はまさにその雨に心を洗われたような気になったのですが、小細工や演出などを一切排除した本当に素直な気持ちの表現こそが最も人の心を捉えるものなのかもしれないですね。

大人の社会には、これとは対照的な要素が満ちているように感じるときがあります。
政治、小細工、演出、誘導・・・ これでは感動が無いわけですね・・・

子供たちには今のまま真っ直ぐ育ってほしいと願うと同時に、皆がそういう風に生きていける世の中だったらどんなに良いかと・・・考えてしまいました。