2007年にサブプライム問題、2008年にはリーマンショックと世界経済は唐突にバラ色だったレールを脱線し、その後は異常な低金利状態を長く続ける事や更に踏み込んだ量的緩和と言われる領域に足を踏み入れてまで経済活動を刺激していかないと経済が持たない状況になっていました。
2009年には、最悪期は脱したという思惑から金融市場が大復活し、金融経済が実体経済を引っ張り上げる事で世の中が修復に向かうと言う楽観論が跋扈して世界中の中央銀行が上記のような異例の緩和状態から通常の金融政策への回帰時期を探る段階に入りました。ここで言う以上状態からの脱却は”出口政策”(Exit Policy)と呼ばれ、アジアなど新興国や先進国では豪州、NZ,カナダなどの資源国が先行して実際に利上げを断行してきた事は記憶に新しいところですね。
ここで、G3(日米欧)の中では最も早期に出口に向かうはずだったのが欧州なのですが、実際にECBが生来のインフレファイター的な姿勢を強めてそのようなシグナルを発していた矢先の欧州危機が2010年前半のテーマとなったのは皮肉なところです。逆に景気回復モードを強めていた米国がここに来て急速に経済データを悪化させてきたのは極めて悪循環としか言えません。当初は弱めの経済指標というマクロと予想を上回る企業業績というミクロの綱引で時間稼ぎが出来てきましたが、どうやら前者の弱さが際立つ状況となり米国の長期債が買い進まれた結果、米国の金利は下落トレンド入りが明確になってきました。
以下のグラフは米国の10年債利回り(金利)の推移ですが、ほぼ周期的な反発を繰り返しながら前回高値を下回る水準で折り返す典型的な下落トレンドのイメージです。 週末の時点で30年金利が前日の4.08%⇒3.98%、10年金利が2.99%⇒2.91%に下落しています。
米国の金利低下は他国のペースを完全に上回っているのでこれはストレートに為替市場でのドル売りの動きに直結しています。金曜日もドルは対円で一時85円台に入り(85.95)、8ヶ月振りの安値を更新しました。対スイスフランでも半年振りの安値を更新しています。
株式市場への影響はいつもMIXなのですが、金利低下は企業の資金調達コストの低下と言うプラス材料である一方で金利低下要因は経済の弱体化であるという意味ではマイナス材料ですし、また投資家的な視点では債券と株式はトレードオフ的な判断となるので金利低下を織り込んだ債券買いは株式の売り要因にもなります。したがって株式市場への影響は今のところ斑模様でしかないと言ったところかと思います。
金利と言う視点を離れて見れば我々はより大きなテーマに直面していることに気が付きます。古くて新しいテーマでもあるのですが、要するに世の中はインフレーションに向かっているのかデフレーションに向かっているのかと言う事です。世界中が前例のない緩和策を行っており金融システムには前代未聞の規模の過剰流動性が注入されっぱなしのまま出口政策の議論も遠のくばかりと言う状況を(ハイパー)インフレーションへの序曲とする警鐘には一理も二理もある訳ですが、一方でそのお金がクレジットの悪化などにより必要なところに循環していないとする反論は一理あると言うよりも完全な事実です。このお金の流通速度をVelocityと言うのですが、今はこれが死んでいると言う事ですね。
インフレ警戒かと思うとデフレ圧力が先に来たり、出口政策等といっていると緩和政策への逆戻りが議論されたりと言う状況は恥ずかしながら生来の方向音痴の私などがよく経験する電車を降りようとする時に思っていたのと反対のドアが開いたと言うちょっと気恥ずかしい状況に似ているような気がします。