2007年8月26日日曜日

金融工学バブル(後編) : サブプライム問題の"そもそも論"

後編です。

サブプライムというのは、Sub-Primeであり、最優遇金利(Prime Rate)ではない金利で行われる取引の事ですが、ここで1つ明確にしておきたいことがあります。

 サブプライムローンの延滞率が上昇した事が原因で、それに様々な要素が絡んで世界金融市場を揺るがすような混乱が生じた訳ですから一定の理解は出来ますし、視聴者にわかりやすく伝えようと言う善意の意図もあるのでしょうが、日本のメディアの多くがサブプライムという横文字を、”信用力の低い階層への住宅ローン”と言うような説明をしているのはやや配慮を欠いた必ずしも適切ではない表現だと思います。

 何故文字通り”準優遇金利貸し出し”等のすっきりした表現にしないのか個人的には残念な気がします。最優遇金利が適用されなくとも真正直に生きている人間は多いし、金持ちでもどうしようもない人間は沢山見てきました。

 日本のメディアは、”格差”と言うものを問題にするならば、格差を生み出すような表現は自粛する配慮も必要でしょう。

ええと・・・本題に戻ります。

ここ数年特に金融工学と言うものが脚光を浴びてきました。

高度に理論化されたデリバティブ理論やフラクタルな部分波動分析、過去の市場間の相関関係や共分散等の確率統計モデルに基づく市場間アービトラージ・・・と理系出身の私ですら現在の金融工学の最前線はまるでメトロポリタン美術館において絵画や彫刻作品の説明をギリシャ語で受けているような気になります。

ただし・・・金融市場のLighthouseの管理人としては、投資家が理解しておけばよいのはDCF(Discounted cash Flow)モデルというPricing理論程度だと保証して置きましょう。

 "XXXの証券化"などと言う話を聞いたり、そういう書物を見る事もあるでしょうが、それらは単にXXXに来るものが今後将来に渡って生み出すCashflowを現在価値に割り引いた数値を元にそれを小口細分化した証書に適当な値段をつけて世の中で売りさばくと言うだけの話です。

CDO,CLOなどと言う文字列を良く見るのですが、これらは高利回りを実現するべく金利の高い貸出債権を切り売りするもので、サブプライム住宅ローンもその対象になっているだけのものです。例えば、CDOなら"Collateral Debt Obligation"という言葉を短縮したものなのですが、やっている事は組み込まれたローン債権が将来に渡り生み出すキャシュフロー(=債務者の返済)を現在価値に引き直して投資家に小売りしているというだけのものです。不動産のREITと全く同じ仕組みと言ってよいでしょう。


と言う事で・・・それこそ国民層自己破産状態にでもなって将来のキャッシュフローがゼロにならない限り、理論的にはサブプライムローンを組み込んだCDO証券などに値段がつかないという事は有り得ないのですが、市場では一時これが起きていたために恐慌的な状況が発生しました。

全くの私見ですが、ここに一番大きな問題の本質があると思っています。

金融市場を支配するもの。少なくとも短期的(せいぜい週単位)どころか中期的(数ヶ月単位)での市場動向を決定付ける一番大きなファクターは、金融理論ではなく、はかり知れない人間の煩悩だと言う事です。

年単位の長期投資ではなく、日々の数字、月単位での数字が意味を持つトレーディングの世界に身を置く場合は、金融工学よりもHuman Natureの怖さを再認識しておくべきでしょう。

何故、サブプライムを組み込んだ証券には、予想延滞率を大幅に上昇させた形で将来の見込みキャッシュフローを減少させた形でのRe-Pricingすら出来ない(=値が付かない)のでしょうか。

George Sorosが普段から言っている事を掲載しましょう。これは彼が数年前でしょうか、今回の混乱などとは全く関係のない時に述べている事です。

“Derivatives are constructed on the basis of the theory of efficient markets. The fact that they have become so widely used would seem to imply that the theory of efficient markets is valid…Beta,gamma, delta are, for the most part, just Greek letters to me.”

江戸時代の戦のない時代になってから、かつて戦場を駆け巡った祖父が孫に対していかに合戦の実態は書物から学べる理屈とは違うものなのかを話して聞かせるような場面を思わせるような言葉です。

金融工学の大きな部分を占めるデリバティブ理論は、効率的市場を前提としており、市場が効率的ではないと思うなら、或いは市場が効率的ではなくなったと考えるべき状況下では、デリバティブ理論の存続前提が根底から崩壊していると言う事です。値付けなんて到底無理な話なのです。

米国における不動産投資ブーム、過剰流動性をベースとした世界資産市場・・・・・・色々なものが行き過ぎていたと言われますが、実はその根底部分で一番実態以上に膨張して過ぎていたものは、金融工学と言うものへの過度の期待と信頼だったのではないでしょうか?

金融工学・・・・これこそが最もバブル状態にあった。

Lighthouseで荒波を見つめながら、Robert Henryはそのように考えています。