2007年8月19日日曜日

デリバ vs デレバ

今回の金融市場の激震は、98年のLTCM(Long Term Capital Management)の崩壊と比較される事が多いのですが、確かに多くの共通点があることは間違いありません。

LTCM崩壊過程の詳細についてはいくつか文献も出ていて興味深いものがありますが、私個人の実体験的な記憶としてはドル円が2日間で20円も下落し、しかもその大部分は1日目で下落した事です。あの時はオプション市場でドル円の一ヶ月物のVolatilityが40%台という史上最高値で取引された事を良く覚えていますが、今回は23%程度ですので狂気の中でも市場は随分当時より厚みを増したのだと感じる部分もあります。

勿論今回の値動きのほうが小規模で且つ時間を掛けているという事情もあるのですが、一方でより裾野が広く根も深い事象である事を考えると今後の動きには十分な注意が必要です。

今となっては新たな時代の到来とも思われた世界的資産上昇ユーフォリアは、Financial Technologyの進歩が生み出した過剰流動性がもたらすバブルであったと言わざるを得ないのでしょう。

"過剰"流動性・・・・そうこれが問題なのですが、所謂Globalizationの進む世界経済・世界金融市場を駆け巡る流動性が過剰かどうかは後になってみないと判断がつかないというところが問題なのです。

参院選の投票日であった7月29日の投稿で、"凸レンズの向こう側"と言う話を書きましたが、一部を再掲します。

所謂グローバリゼーションという現象の進行により、世界中が同じ土俵や尺度で語れる時代となった結果、企業活動や投資対象の幅も急拡大し、呼応するように信用創造、信用供与という機能も急速に強化拡大してきました。 世界資産バブルというのは、このような基礎・土台の上に成り立ってきたと言えるのですが、特に信用創造・信用供与機能の上昇が、レバレッジの拡大をもたらしていただけに、この部分を直撃したサブプライム問題は、レバレッジ機能の急速な収縮(=Deleveragingと言います)の引き金を引いたことになります。そう、皆がお金持ちになって世界中の資産市場で一大投資ブームが起きていたという理解は正しいのですが、実は本当の資本は投資額の数分の一、下手したら数十分の一程度であり、我々が年単位で目撃してきた巨大資本の激流は、実はデフォルメされた映像でもあったわけです。新時代の幕開けと思われたのは、凸レンズで拡大された映像だったと言う事になりますが、今はその凸レンズの向こう側からこちら側に資本が戻ると言う”資本還流、Repatriation”の動きが世界金融市場に暴風雨をもたらしているのです。

このレバレッジの反対である"Deleverage"または、"Leverage in reverse" という現象に関してその後より恐ろしい資料を発見しました。それはMorgan Stanleyによる分析なのですが金融テクノロジーの進歩がもたらす新規創出流動性は世界中の資産市場に怒涛のごとく流れ込む流動性の90%にも及ぶと言うものです。

90年当時300社ほどであったヘッジファンドは、今では1万社を超えており、その管理下にある運用資産はレバレッジ以前の元本で2兆ドル規模になっています。これらが金融テクノロジーの進歩、特にデリバティブと構造化(Structuriation)技術の進歩により、クレジット市場(信用市場)に劇的な拡大をもたらしました。
 CDO, CDS, CLO, CPDO, CDS of CDOs, CPPI ,LCDS・・・・正直私自身もこれらの全てを語る事は出来ませんが、多くが所謂Subprimeモーゲージをも含むこれらクレジット構造化商品が巨額の流動性(投資資本)を吸収し、その資産価値の上昇が新たなレバレッジを提供するという乗数理論的な拡大過程が創出する流動性が全体の90%を占めるとすれば、それが意味するところは中央銀行の無力化以外の何物でもありません。

従来は中央銀行がマネーサプライの調整という形で流動性をコントロールしながらインフレやバブルのリスクに対処してきたわけですが、それを警戒し続けてきた主要国の中央銀行がこぞって金融引き締めを 実施しても資産バブルが収まらなかった背景が、既に彼らがコントロール出来る流動性が全体の10%程度に落ちていると言う事だとしたらそれは物凄く恐ろしい事です。

残りの90%・・・・つまりは中央銀行のコントロール外にある流動性がDeleverageという加速度的な自己縮小過程に入ってしまったのだとすれば、世界中の流動性の枯渇は不可避であり、手元のCashが一番価値が高いという状況となれば新興国市場などは崩壊するはずです。

FRB,ECBを中心に世界金融当局はスクラムを組んでこのリスクを排除しに来ると信じますが、金曜日のFRBの公定歩合の緊急利下げは、タイムリーなシグナル効果を見せていると言えそうです。

DerivativeとDeleverage、このデリバとデレバという相互可逆過程の綱引きの中で来週からの注目点は、世界中の投資家達の最後の拠り所となっている市場が崩れるかどうかに掛かっていると思います。

それは、中国株、原油、貴金属、そして農産物系コモディティと言う事になるでしょう。
特に中国株はまさに投資ブームの本丸的な存在なので注目しましょう。そしてフェアに考えて、既に堀は埋められた状態であると考えるほうがよさそうです。全く油断は禁物です。