現在の金融市場の興味深いテーマは幾つかあるのですが、特に私は以下の二つに強い興味を感じています。
①我々が直面しているリスクは、ハイパーインフレーションなのかデフレーションなのか。
②通貨切下げ競争の仕掛け人且つ下手人は米国なのか中国なのか。
この二つのテーマは中々結論の出ないものですが、私の周りでも意外な人から意外な見解が飛び出したりする事も非常に多いと感じています。
G20財務相会議が終了したばかりですので今回は②の方を取り上げて見ましょう。
私が知る米国はずっと貿易赤字です。財政は黒字だった時代も知っていますが貿易収支はずっと赤字でした。米国自身は貿易赤字の解消は輸出を伸ばして輸入を減らす事しかないので米ドルは貿易黒字国の通貨に対してもっと下落するべきだと言う見方を堅持してきました。事実米ドルは長期的にずっと減価して来ましたが米国の貿易赤字をこれだけで大きく改善するほどの下落はしていません。従って米国人の中には米ドルの下落を阻む問題を取り除こうと言う短絡的な考えに走る人々も少なくありません。事実通常の二国間を考えると貿易赤字国の通貨を獲得した貿易黒字国はその通貨を売って自国通貨にExchangeするので為替市場では黒字国の通貨が上昇し、赤字国の通貨は下落するのですが米ドルの場合は何故か下落し難いと言う事情がずっと多くの人々を悩ませて来ました。
ここに"基軸通貨”の特殊事情があります。米ドルは泣いても笑っても事実上の世界の基軸通貨なのです。世界中どこに行こうが、裏路地のようなところに入って行こうが、米ドルの威力は絶大です。これを受け取ってもらえない事は極めて稀と言ってよいでしょう。
また原油にしても金などの貴金属にしても殆どのコモディティ価格は米ドルで建値されるので世界中のどこの誰であっても国際市場でコモディティを調達するには先ずは米ドルを調達する必要があるのです。こうなると多くの人は他国への輸出で獲得した外貨は売却して自国通貨に転換しても米国への輸出で獲得した米ドルは備蓄するなり使用するなどして売却しないケースが増えていきます。つまり、米国の貿易赤字は世界中の地域や人々への事実上の基軸通貨である米ドルのマネーサプライのような役割を担って来たという事になります。
こうしてずっと基軸通貨である米ドルを備蓄してきた国々は米国が自国経済の事情のみで量的緩和を行って事実上米ドルの価値を低下させる政策を取る事に強い疑問を感じる事になります。通貨安戦争の仕掛け人は米国であると言う論拠はここにあります。
一方、中国ですが、こちらは米国のドル安容認による人民元高により自国の輸出産業が打撃を受ける事のないようにずっと人民元の価値を米ドルにリンクさせてきました。これがかつてのペグ製です。その後は米ドルやユーロを中心とした複数通貨のバスケットに連動させるように制度変更をしていますが、その詳細は明らかにしていない状態で、実は特段大きくは変えていないのではないかと言う見方も有力です。こうなると中国と”世界の工場”ステイタスや”安価なで優秀な労働力”で競合関係にある多くのアジア諸国が四六時中為替介入(ドル買い・自国通貨売り)によって自国の競争力を維持するという行動に出ますので本音では米ドルの秩序だった段階的な減価を望む米国の神経は大いに逆撫でされることになります。
アジア諸国が対中国での自国産業の競争力維持を目標にして為替介入を行っている以上、中国が人民元の切り上げなどを行えば、他のアジア諸国も対抗措置としての為替介入はしなくなるだろうと言うのが米国の読みと言う事になりますが、米ドルが世界の基軸通貨の役割を果たしてきた事に背中を向けて量的緩和で段階的な減価を仕掛けるのは無責任だと言うのがカウンターオピニオンということになります。
為替市場は通貨間の保蔵価値の競争と言う事になりますが、皆が自分の通貨には負けて欲しいという他にはあまり例の無いCompetitionということになりますね。
今の米中は、非常に微妙な関係にあるわけですが、韓国で行われたG20財務相会議の後に米国のガイトナー財務長官が中国に乗り込んで人民元と米ドルの問題を討議するという計画が明らかになっているので注目しています。誰もが勝ちたくない、出来れば負けたいという通貨レースの中で米中の”引き分け”の地点を探りに行くものと考えられます。中国からは人民元レートの変動柔軟化の前倒しか加速策、米国側からはQE2の段階化、予定規模の縮小などが交渉カードになるのでしょうか。